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自分本意の場合と、人に気を使い過ぎる場合にどうなるのか

【人間関係がうまくいかない】

とっても気を使っているのに。

どうも、いつも人と意見がぶつかっちゃう。
人が離れていく。
恐がられる。

逆に、
怒られてばかりいる。
なぜかイライラされる。

なんてことはありませんか。

理由がわからないと、
どうしていいのか分からないですよね。


(むうぅ)

【ワガママ女王時代】

幼稚園のころ、
近所の友だちたちと
よく遊んでいました。

未熟なころなので
「こうしたい」と思ったら
「ねぇ、○○ちゃんはこれして」
「あなたはこれ取ってきて」
と指示しまくっていました。

そのうち、
「あんたワガママやねん」
とめっちゃ怒られました…。


(ちーん)

人のことを考えず
自分本意で人と接してしまうと、
だんだんと人は離れていきます。

もっと厄介なのは、
「これはあなたのためだから」
と思い(言い)ながら接すること。

気を使っているようでいて、
結局のところは
自分が気持ちよくなりたいからに
すぎません。

一定期間はごまかせても、
だんだんと人は離れていきます。

【顔色を伺いまくりの時代】

さて、そんな女王だった私ですが、
成長するにつれて変化しました。

思春期を経て社会人になったころには
「人の顔色を伺いまくる人」
になっていました。

すごく気を使っているのに、
「気が利かない」
「協調性がない」
と言われてしまう始末。

そしてそう言われないように
努力するのですが、
空回り。

常にイライラさせてしまっていました。


(すみません)

人のための思って行動することは
悪いことではありませんが、
あまりに人の顔色を伺いすぎると
逆にイライラの元になりやすいのです。

実際に、

先輩 「湯飲み洗っておいたから」
私 「あっっ。すみません(汗)
 今度の先輩の当番の時に変わりましょうか。
 それとも…(おどおど)」
先輩 「いいよ、別に(イライラ)」

ということもありました。

【あるがままで、気遣いをする】

そんな私でしたが、
ヨガをし始めてからは
徐々にバランスが取れるように
なってきました。

ワガママじゃなくて、
あるがまま。

気を使うんじゃなくて、
気遣いをする。

微妙な違いのようですが、
けっこう大きな違いでした。

「こうしたいな」という思いは持ちながら、
それは果たして

◆自分のためだけなのか
◆人のためなのか

を考えるようにしました。

自分のためだけのことなら、自分でやる。

人のためになるなら、
その人の意見や考えも聞きながらやってみる。

人のためになると自分は信じていても、
それを求めていない人には
ただの厄介ごとなので、
本当に求めているのかどうかを
探るようにしました。

先ほどの先輩とのやりとりも
先輩「湯飲み洗っておいたから」
私「わぁ♪ありがとうございます!
助かります。」

と言うようにしたら、
関係がまったく変わりました。

面倒見のいい先輩でしたから、
「すみません」と謝られるより
「ありがとう」と感謝されるほうが
よかったようです。

「ありがたい」と思いながらも
「行動の遅くて申し訳ない。どうしよう」
とグルグル余計なことを考えていた時より、
すっぱりとありがたい思いを
伝えちゃったほうがさっぱりしました。

人が離れてしまうならば
もしかしたら自分本意なのかもしれません。

イライラさせてばかりならば、
余計な気を使ってしまっているのかも
しれません。

どちらにも共通すること、
「本当にその人が求めていることはなにか」
を知ることです。

ヨガで言う「愛」を追究してみてください。

ヨガでも他のメニューでも、
お話お聞きしますよ。

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