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目の見える人と見えない人の立体の捉え方の違い

最近、
『目の見えない人は
世界をどう見ているのか』
伊藤亜紗 著 (光文社新書)
という本を読んでいます。

興味深い記述がいっぱいあるのですが、
今回は立体のお話が印象的だったので
ご紹介します。

 

【2次元か3次元か】

 

 

これ、なにに見えますか?

坂道…ですかね?

この道を上ったり下ったりしてみると
「坂を上る」「坂を下る」と
表現しますよね。

でも、見えない人は坂道を
歩いたとしても
「山」と表現するようです。

山を登っている、山を下っている。

もし、この写真を見て
「山」と思った人でも、
いわゆる立体の、山の姿全体を
思い浮かべた人は少ないのでは
ないでしょうか。

この本の中では
見える人は3次元を認識していても、
普段の生活の中では
「見えている面」しか見ておらず、
隠れた部分には思いを馳せない
というようなことが述べられていました。

【視覚による死角】

 

 

そもそも私が見えない人の世界を
描いている本に興味を持ったのは
大好きな小説家の伊坂幸太郎さんの
「サブマリン」(講談社)
を読んだからです。

この中に目の見えない人が
登場するのですが、
真っ暗になったときに
見える人と見えない人の行動に
大きな違いが出たのです。

他にも、私が知らなかったことが
多く示されていました。

目の見えない人は
「死角」だらけのように感じますが
実はそうではなく、
ものの距離感、立体感などを
感じとっているそうです。

もちろん、私の想像をはるかに超えた
不便さもあることは理解しています。

けれど伊藤亜紗 著者の本によると
見えない人は「空間把握」を
しているとのことでした。

だから、視覚がある人には
死角が出来てしまう…
ということなのですね。

【身体を立体的に意識する】

 

 

私たちは当たり前に
目が見えているから、
実は意識しづらい部分がある
ということも分かります。

身体を認識するとき、
目は頭に、しかも前側に
ついているために
どうしても身体の上の方、前側の方に
意識が偏りがちです。

でも身体も立体なので、
後ろもあれば横もあります。

上半身もあれば下半身もあるのです。

ふだん、前の方に
意識が向いてしまうから、
肩や腰から痛みとしてサインが出る…
なんてこともあるのかも知れません。

「私のことをちゃんと見て~」
というように。

最近のヨガのレッスンでは
「身体を立体的に意識」して
もらっています。

でもヨガの時だけじゃなく、
本当はふだんの生活でも
身体を立体的に、
全体を意識してもらいたいです。

そうしたら身体にエネルギーが巡り、
痛みの箇所が緩和されやすいからです。

意識、エネルギーが偏ると、
行き渡らないところに支障が出ます。

過剰に使われる部分には
負担がかかります。

そうならないためには、
全体を意識して動かすことが
大切です。

「見える」からこそ
「見えなくなる」場所があることに
気づき、ものをあるがままに
捉えることが出来ますように。

※目の見えない人について、特別すごいと言いたい訳ではありません。
私の想像を遥かに超えた不便さがあるであろうとも思っています。
著者の伊藤さんが書かれているように、晴眼者には完全には理解できなくとも、お互いに歩み寄れるきっかけとなるといいなと願うのです。

身体を立体的に捉えていく練習は
プライベートヨガレッスンで
承ります。

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