睡眠と瞑想の違いについて。
スートラには
「無を把握の対象として成り立つ心の作用が、睡眠である」
と書かれてあります。
でも、読んでもちんぷんかんぷんです(><)
ヨガニドラーを経験すると分かりやすいな、と思うのですが…
睡眠から目覚めたら、だいたい
「よく寝た」
「眠りが浅かった」
「爆睡だった」
などと、「眠った」という感覚が残るんですよね。
その感覚が、「無を把握の対象として成り立つ」と言っているのだと思います。
でも、ニドラーを受けると
「眠った」というハッキリとした感覚がありません。
ある不思議な感覚になったと思ったら、いきなり時間が飛んだ、みたいな感じなのです。
言葉で表しづらいことではありますが。
「眠った」とか「何かあった」という感覚ではなく。
例えば、自分だけ時間が止まって、次に気づいたら世界の時間が少し進んでいるような、そんな感覚です。
それが瞑想なのです。
睡眠と瞑想は少し似てますが、感覚があるかないかは大きく違います。
スートラの言う「心の作用を止める」は、瞑想によって起こります。
睡眠は「無を把握の対象として成り立つ」にすぎないのです。
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