考え方や好みが違っていていい理由

【正しい、間違いの議論】

小学生のとき、
「あなたは目玉焼きの味付けは
醤油派?塩派?」
って議論がありました。

お互いに激論していて、
「ゼッタイおかしいわー!」
「こっちのほうが美味しいに決まっとうやん」
って言っていました。

(↑これは目玉焼きじゃないですが…)
(ちなみに私は、目玉焼きにケチャップ派です 笑)

テレビでも時々、こういう議論をしていますね。

いつもこういう議論を聞いていて思うのは
「お互いに、それぞれの味覚がいいと
思っているだけなのに、
正しいも間違いもないんじゃないのかなぁ」
ということ。

味覚のことだけじゃなくて、
見た目の好き嫌いとか、
音楽性の違いとか。

信じるものの違いとかもありますよね。

いつの時代も、どの年代でも、
信じているもの、好きなものが正しくて
未知のもの、自分の感覚とは違うものは間違い
って指摘しているように感じます。

【合うか合わないか】

正しいか間違っているかの議論て、
相手より優位に立つためのものなのかな
という気がしてなりません。

正しいか間違っているかというより、
自分に合っているか合っていないかの
違いなのではないでしょうか。

例えば、また食べ物なんですが
(食べ物で例えると分かりやすいので…)、
関西の味付けと関東の味付け。

関西はダシ多め、薄口醤油の味付けが主流です。

関東はダシも使いますが、濃口醤油を
使った味付けが主流ですよね。

関西の人は薄口の味付けが
美味しいと思っています。

関東の人は濃口の味付けが
美味しいと思っています。

それぞれの文化で育ち、
それぞれの口に合うからです。

「こちらの味付けが正しい」
「あちらの味付けはおかしい」
という議論になると、
相手への攻撃に聞こえてしまいます。

「あちらの味付けもアリだけど、
私はこちらのほうが合っている」
という話をしたほうが、
平和的に話が出来ると思っています。

あえて攻撃的議論をして、
話題を盛り上げる手段もありますが…
狙いにもよりますかね。

ヨガ的に言えば、
攻撃は自らの幸せを阻むものなんです。

【違うことは当たり前】

世の中の話をすると、
そもそもこの世は「弱肉強食」ではなく
「適者生存」である、という考え方があります。

強いものが生き残るのではなく、
時代や風潮に適したものが生き残る、
という考え方です。

例えば、肉食と草食と雑食がいて。

たまたま肉食のものに異変が起きて
絶滅したとしても、
草食や雑食のものは生き残ります。

違いがあったから、
生物は生き残れたということです。

そう考えると、みんなが同じよりも
多様性のあるほうが生物学的には
いい、ということになりますね。

正しい、間違いの議論が「間違っている」
なんて言いません(笑)

そういう考えも、議論も、状況によっては
いいと思います。

けれど、相手を言い負かすためだけに
議論をすると
双方にとってメリットはありません。

どちらもその好み、考え方があっていいと、
多様性を楽しめるといいですね。

違いを楽しむにはグループレッスンがおすすめです。
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